2011/03/31

Yukawa 2008:勉強日和

3月最後は論文読みで締めてみた。

Yukawa, S. (2008). Relationship between diary-keeping and tendencies toward alexithymia and rumination. Psychological Reports, 103, 771-778.
湯川進太郎 (2008). 「日記と、アレキシサイミア傾向と反すう傾向との関連」

◎要約 日記をつけることと、アレキシサイミア(失感情症)傾向と反すう傾向との関連が、118名の日本人参加者によって検討された。参加者は、以下の質問紙に答えた−ふだんの日記習慣(ふつうの日記とウェブ日記・ブログのそれぞれについて、書く頻度=「書かない」「ときどき」「毎日」。内容=「叙事詩風」「叙情詩風」「両方」が、たずねられた)、失感情症傾向(下位尺度=感情特定の困難度、感情記述の困難度、外部指向的思考)、反すう傾向(下位尺度=ネガティブ反すう特性、ネガティブ反すうのコントロール困難度)。ふつうの日記を書いている人30名、ウェブ日記を書いている人45名(両方書く人の人数は示されていない)。ふつうの日記に、日々のできごとを叙事詩風(つまり活動や出来事中心の日記)に書く人は、叙情詩風(つまり情動中心の日記)に書く人よりも、自身の感情を特定・記述し、ネガティブ反すうをコントロールすることができている。ウェブ日記をときどき書く人は次のように答えている。ウェブ日記を全然書かない人よりも、自身の感情を特定・記述することやネガティブ反すうをコントロールすることに困難を感じている。
◎考察から ウェブ日記は誰にもアクセス可能である。したがって、より情動的混乱状態にある人(自身の感情の特定と記述に困難を感じているか、ネガティブ反すうのコントロールを欠く人)が距離を置いて自身の感情を見ようとしてときどき書かれるのかもしれない。その際、書かれた情動を他者が読むことを意識していることだろう。以下は現時点での結論である。ふつうの日記は一般にプライベートかつ秘密のうちに書かれ、何をどう書くかは自由である。しかし出来事を記すことは情動経験の処理に効果を発揮するのだろう。ウェブ日記は、パブリックで開かれているにもかかわらず、感情の認知的再構成の有力な手段となる可能性がある。なぜならば未知の他者が読者となりうるからだ。

Abstract
Relationships between diary-keeping and tendencies toward alexithymia and rumination were studied in 118 Japanese participants. Participants completed a questionnaire that assessed diary-keeping habits (both regular and Web diaries), alexithymia, and rumination. Individuals who wrote about their daily events epically (i.e., focusing on actions and events) in a regular diary considered both identifying and describing their feelings and controlling negative rumination to be less difficult than those who wrote lyrically (i.e., focusing on emotions). Those people who sometimes kept a diary on the Internet reported it was more difficult to both identify and describe their feelings and control negative rumination than those who did not write at all.

★ふつうの日記とブログの違いの一部が明らかになっている。この研究をさらに進めるためには、両方書いている人の使い分けを調べることが欠かせない。

2011/03/30

忘れ物

吉祥寺駅を降りてから井の頭線の網棚に荷物を置き忘れたことに気づいた。急いで戻ったが、目の前を発車してしまった。駅の遺失物係に行き、申告した。幸い、その荷物は戻ってきた。

よく車内放送で「忘れ物にご注意ください」が流れる。しかし、そのときは、忘れ物がないのでw何が忘れ物かわからない。だから注意のしようがない。

★よく考えたら、車内放送を途中を省略しているのかもしれないと気づいた。本来はこうなのだろう。
「忘れ物をしないようにご注意ください」

2011/03/29

曜日感覚が希薄になっている

今日は読書三昧。

『大学生からの文章表現』黒田龍之助(ちくま新書)
◎フレッシュマンゼミで使ったのと同じ教材が出てくる。「思う」の使用を禁じる。校正記号を教える。など、センスが近い。読みやすくて楽しい「日常文」を書くことをめざした本だ。
《もくじ》
第1章 目標―どんな文章を書いたらいいのか
第2章 準備―もう小学生じゃないんだ!
第3章 形式―ワンパターンからの脱出
第4章 技術―ただ書けばいいってモンではない
第5章 内容―思ったことを素直に書かない
第6章 発展―チャーミングな文を目指して
第7章 特別編―最終課題に挑戦!

『グループ・ダイナミックス』釘原直樹(有斐閣)
◎過去の事件の分析、著者の実験研究が詳しく紹介されている。授業のようすが目に浮かぶ楽しい本だ。
《もくじ》
第1部 集団
第1章 集団とは何か
第2章 集団のパフォーマンス
第3章 集団意思決定
第4章 リーダーシップ─軍隊のリーダーシップを中心として
第2部 集合と群集
第5章 集合・群集の行動
第6章 集合行動の理論
第7章 群集行動の実証的研究─アーカイブ分析,野外実験
第8章 危機事態の行動─パニック
第9章 危機事態の行動の実証的研究
第10章 スケープゴート現象
第11章 テロリズム

『メディアとパーソナリティ』坂元章(編)近江玲・渋谷明子・西村洋一・赤坂瑠以(ナカニシヤ出版)
◎各著者がこれまで手がけてきた研究テーマをコンパクトに紹介した本。誰もが関心を持ちそうな問題についてわかりやすく書かれている。
《もくじ》
第1章 テレビとパーソナリティ
第2章 テレビゲームとパーソナリティ 
第3章 インターネットとパーソナリティ
第4章 ケータイとパーソナリティ

三昧にふさわしく3冊。

2011/03/28

日常力

同業者から来たメールに、こんな一言が添えられていた。

「こちらも卒業式が取りやめになり、入学式もなく、始業時期も遅らすという話が、やっと通常通りとなりました。中途半端に自宅待機となるより、やはり『日常』が一番です」

そうだよなあ。

加藤さんの短信には、こう添えられている。

「『ふつう』に日常を生きるだけだ。時間はかかるかもしれない。だが、こんどは、それが遠いまちへと伝わっていくはずだ」

力がわかない訳がない。

★今年度の卒業生には、いつか卒業式をやってあげたい。

2011/03/27

洗濯物をどこに干すか

向かい側の家は窓際の室内干し、隣家はベランダ干し。放射性物質に敏感な家とそうでない家との対比に見える。

今日は、天気もよく、大物はシーツから小物は下着までたくさん洗った。さて、どこに干そう。悲観主義者のボクは室内干しを主張、楽観主義者の妻はベランダ干しを主張。たかが洗濯物なのだが、交渉は決裂。

ボクのものは室内、その他のものは屋外となった。

取り込めば、どちらで干そうが、一緒になるのだから、意味のない抗争だった。

2011/03/26

昨日のこと

昨日、構内を歩いていると「今日で停年退職です。お世話になりました」とあいさつされた、目をまっ赤にしながら。そのKさんとはいろいろ縁があった。

前任校でお世話になった地震学者のKさんと似た風貌で、一方的に親密感を持ったこと(Kさんはその後東大に移り、志半ばで亡くなってしまった、彼が生きていたら、と思わずにはいられない)、妻の職場の上司と懇意であったこと、赴任したばかりに就いた学生委員会で事務局を勤めていたこと(その他いろいろ)から、授業で学生に東経大の歴史を話してもらったりした。色川大吉さんのこと、図書館のことなど。
停年退職者慰労会が中止になり、お礼を言う機会が…と思っていた矢先のことだった。
「短い間でしたが、こちらこそお世話になりました」。言えてよかった。

夜は千駄ヶ谷で研究会。ふだんの会場が地震で使えないため、近くのレストラン「ジャスミン食堂」に変更しての開催となった。メンバーの家族が被災したため、そのカンパを集めた後、平均年齢が50代後半のわれわれは風評被害にあっている農産物をどんどん買おう、となった。が、どこで買えるのか。

2011/03/25

来年度のスタート

前期の授業は5/2開始と決まった。
今日の夕刊を見ると、大学により、まちまち。予定通り派は少数だが、連休前に始める大学と連休中ないし連休明けとが載っている大学に限れば半々。
遅らせても、開始できればいいのだが。

2011/03/24

卒業式の翌日

卒業式も終わり、学内は余計に閑散としている。
来月から同僚になるsatkitさんにLANケーブルをあげに彼の研究室を訪問。整然と本が並べられつつある。
昨日、持ち帰れなかった本を手に帰宅した。
大学は今週いっぱい16時までの営業。

2011/03/23

…難く

学位記授与は計画停電の関係で午前に変更、10時半から11時半まで行われた。いつもと違い、学生はなかなか揃わなかったが、時間通り実施。終了予定の11時半を過ぎても、学生たちが三々五々やってきたため、途切れるまで延長した。その最後に来た学生が「就職は決まっていないのですが、永久就職は決まりました」と結婚の報告をしてくれた。この学生とは1年のフレッシュマンゼミ以来の付き合いだった。おめでとう。

今日も計画停電とのことで、早めに大学を出た。3時過ぎにもかかわらず、構内は4年生が集まって話をしたり、ジャンプして記念写真を撮っていた。別れがたく、帰りがたく、去りがたく…といったところだろうか。

2011/03/22

年度末処理

地震で行けなくなった海外出張の清算を済ませ、大学への寄付で処理をすませ、例外的にのばしのばしとなっていた今年度の会計処理は終了。
16時から計画停電とのことで、早めに大学を脱出した。
京王電鉄や小田急は車内灯を適宜落とすなどしているが、JRはふだん通り。車内にいる限りはふだんと変わらない。不思議な感じだ。
今日、学内で同僚に声をかけられ、こんな風に言われた。「さっき私が挨拶したのに、なぜしないのですか」と。確かに、この人にはその前にも見かけているのだが、挨拶したようには見えなかったので、こちらもしなかった。ただ、それだけだった。そう説明して納得してもらったのだが、実は伏線があった。これには私もびっくりしたが、詳細は省略する。でも、言ってもらってすっきりした。誤解されたままではこちらも困る。
学内で、こちらが挨拶しても挨拶しない人は珍しくないが、その場合には「そういう人なんだ」と思うことにしている。だが、そういう風に処理しない人もいることに気づかされた。

2011/03/21

今日は雨

3.11以来、初ではないだろうか。今日はずっと雨。
子どもはアルバイト先との往復、ぼくは宅急便を出しにコンビニを往復、とそれぞれ外出するも、連れ合いは家で読書三昧。
急ぎの仕事が終わり、ちょっと一息。次の仕事が明日あたりやって来る予定。
夜は焼きそばを作った、ソース控えめで。
明日、明後日と大学へ行く。

★三島憲一さんのインタビューがFrankfurter Rundschauに載っているらしい。ぼくの違和感も解消されるだろうか。中身を知りたい。

2011/03/20

子どもの卒業式

今日は子どもの大学卒業式。入学したのが、つい最近のようで、時の経つのは早い。子ども曰く「大学が一番楽しかった、好きなことが勉強できて」。親も本望だ。

他の大学同様、子どものところも全体の式はなく、学部学科に分かれての卒業証書授与式のみ。それでもエア卒業式よりは卒業の実感は大。

時期が時期なだけに、朝早く起きて、新宿の着付け会場まで付き合った。一時は袴をキャンセルしようかと言っていたのだが、せっかくの記念なので、着付け後、写真を撮り、それが済んだら、スーツに着替えて大学へ、という段取りになった。着物は、母親の振り袖を使って。

着付けが済み、いざ撮影という段になって、業者の人から家族でも撮りませんか、と言われ、つい、その気になって、後から来た妻ともども追加で撮ってもらうことにした。私は目を広げ過ぎと注意されながらの撮影となった。写真館風の家族写真は今回が初めて。いい記念になりそうだ。本来ならば、連れ合いは仕事で出ているのだが、今回の地震で、それがなくなり、思いがけず実現した記念撮影だ。

その後は分かれて、私たちは新宿へ行き、伊勢丹の屋上で一服。

夜は、ふたたび集合して下北沢の八百屋で会食。暗い町並みは夜店のよう。

写真のできあがりが楽しみだ。多分、実物よりよくなっているはずだから。

2011/03/19

持続する社会への仕掛け

今回の原発事故で、これまで知らなかった電力事情、原発状況がつぎつぎと明るみになり、びっくりしている(無知を恥じるべきか)。
今後の社会を「持続する社会」にすることが最優先の課題だ。そのための仕掛けを考えていかないと行けない。たとえば、たくさん使うほど割高になる電気料金システムとか(物価に跳ね返ってもしかたがない)、たくさん買っても割安にならない(まとめ売りはしない)、交通システムを多元化する(飛行機と電車、バスの棲み分けを進める、飛行機と新幹線が競う必要はない)、など。

★何か事故が起きるたびに、日本国内の差別が浮き彫りになる。

2011/03/18

そりゃそうだ

昨日は母の誕生日。91歳。
電話すると、「もう、何がなんだかわからない」。
そう言うしかないよな。

2011/03/17

つづく余震

あれから7日が経つ。

23日の卒業式は結局、中止と決まり、学位記授与のみとなった。

我が家は計画停電の第4グループに入っている。今日は18:20から22:00まで停電の予定だったが、結局一度も停電しなかった。
早めの食事準備、湯たんぽの用意、ロウソクや懐中電灯の準備、など、できるかぎりのことをして、さらに節電して待機していたのだが…
節電で店の看板が消灯になったり、照度を落としたり、駅では一部の照明を落としたりしているが、ふだんから、これで十分だ。

東北地方太平洋沖地震関連ページ@日本社会心理学会

社会心理学会の若者たちが立ち上げてくれた。

東北地方太平洋沖地震関連ページ


《東北地方太平洋沖地震に関する社会心理学者からの提言》
このサイトは,このたびの災害に対して被災者や非被災者,あるいはさまざまな組織がいかに対応するべきかについて,社会心理学を研究する個人あるいは関連団体が自身を含むこれまでの研究成果にもとづいて提言をおこなっているサイトの情報を集めたリンク集です.また,国内外の関連諸学会の同種の活動へのリンクページなども開設しています.左メニューからご覧下さい.
このほかに情報をご存じの方は,是非E-mail(jsspjishin [at] gmail.com)あるいはTwitter ID (@jssp_pr) までメイルやツイート,ダイレクトメッセージ等にてお知らせください.また,このサイトについて他でご案内くださる場合は,短縮URL「http://bit.ly/jsspjishin」や「http://社会心理学者からの提言.はこちら.jp」を,Twitterにおいてはハッシュタグ #jsspjishin もご活用下さい.
日本社会心理学会 広報委員会

2011/03/16

その後

あれ以来、初めて大学に行った。

途中の電車は空いている。
事務室は一見ふだん通りだが、表情はそうでもない。国際交流課では留学生が帰国のための手続きをしている。
教員の入室を示すパネルのランプは軒並み消えている。今日会ったのは副学長と、J先生ぐらい。
帰ろうと思ったら、ゼミ生のTさんに遭遇。ゼミ論集を渡したく、研究室に戻った。

ふだん通りの生活を、と思っても、原発事故を考えると、難しい。
せめて校正を再開しよう。

今日、ゼミ論集を、お世話になった培材大学校のスタッフに送った。本来、手渡す予定だったものだ。

2011/03/15

散髪

スーパー入口の行列を見ながらカットしてもらう。
ガスがいつ止まるのかわからないので、洗髪はできないとのこと。

2011/03/14

いまは耐えよう

毎日毎日、こういうニュース、状況の中で暮らすことに人はどこまで耐えられるのだろう。でも耐えるしかない。
近所のスーパーは入店規制で、途中から20人ずつしか入れなくなった。

2011/03/13

耐乏生活の始まり

明日から計画停電が始まる。
いったいどうなるんだろう。
予定が立たない。
放射能も気がかり。

2011/03/12

買いだめ

子どもから、必要なものは買っておいた方がいいよ、と連絡があり、スーパーに出かけた。

店内は買い物客でゴッタ返している。昼過ぎの時間帯だったのだが、牛乳はすべて売り切れ(代わりに豆乳が数本置かれていた)、豆腐コーナーもからっぽ。パン類や肉類、トイレットペーパー、ガスボンベが品薄状態。買い物カートを見ると、上下2段を使っている人が多い。

ここで買ったのは、豚ロースのブロックとサバ、それにトマトとエノキ。

近くのコンビニでも牛乳は完売。

どこでも同じだろうとあきらめつつも、駅前の西友に行くと、全然光景が違う。牛乳もふんだんにあるし、かごの中も多い風ではない。

そこで買ったのは、牛乳2パック、ヨーグルト、納豆。

なぜ、こんなにも光景が違うのか。住宅街の方が客に高齢者が多く、これまでの経験から、買っておかなければ、と思う人が多いのだろうか。

略奪こそないけれど、買いだめは起きている。

一夜明けて

東京新聞の朝刊
昨日のことが嘘のような快晴。しかし現実だ。

以下の写真(キャプションも)は当時、神保町にいた三宅君の撮影したもの。
▲両方とも、しばらくの間、上のほうがふらふらと揺れているのが非常に不気味でした。みんな不安そうに見上げていました(右が小学館ビル、左の白いのが岩波書店ビル)。
▲途中の古本屋では商品が散乱。
▲同じく途中のマツキヨでも商品が散乱。
▲池袋駅もまったくマヒ状態。一旦駅を封鎖するというので移動しました。ハンドマイクで「復旧のめどはまったくたたないので帰れる方はお帰りください」という駅員の説明?に、失笑。「帰るためにここに来とるんじゃい!」

2011/03/11

M8.8

今年度最後の教授会が終わり、定年で退職する人の送別会まで、少し時間があり、だべったり、仕事していたり。そのとき、急に揺れ始めた。いつもの地震だろうと思ってたかをくくっていると、それを裏切るような大きな横揺れが始まり、なかなか止まない。だんだん怖くなってきて、柱に近寄った。
その後、館内放送で避難指示が出、階段で外に出た。しばらくすると、余震が止まったため、いったん避難指示がゆるめられ、研究室に戻った。部屋のようすを確認すると同時に、荷物を持って、避難場所(葵稜会館と仮設校舎)へ移動した。
JRの運行休止が長引くことがわかった時点で、食事が用意された。コンビニで調達したのかと思ったら、今日、生協で開かれる予定だった送別会が取りやめになり、その料理を転用したのだという。食事しながら、防災研究家の同僚が、いろいろ解説してくれた。春休みで、学内にいた学生も少なく、残されたのは200名弱。帰れない人は学内に泊まることになり、その点呼が始まる前に、弟が車で駆けつけてくれ、なんとか帰宅できることになった。甲州街道は歩く人の列が絶えない。なかにはヘルメット姿の人もいる。
家に帰ると、子どもがおにぎりを用意してくれていた。妻は職場で泊まることになった。
時間とともに、惨状が判明していく。

★「3月11日午後2時46分頃に、三陸沖を震源とする強い地震がありました」

2011/03/10

ヴィレッジバンガード吉祥寺店

週末からの韓国調査のためのお礼を揃えるべく吉祥寺へ。
学生には携帯ストラップを、と考えてヴィレバンに行った。店内に入るのは初めて。うわさどおり、混沌とした空間は、さしずめ若者向けドンキ。wiiもどきのリモコン、チョッパー、トトロ、ミッキーと4点購入。
手配をしてくれた先生には、お茶と栗羊羹、おせんべいを調達。
行きも帰りも一人で海外。というのは初めて、多分。

2011/03/09

本当に必要とする人には届かないシステム

中央線車内。
向かい側に座っている中年女性が、隣の男性に同意を求めている。
「確かめようと思って見ると、すぐ変わっちゃうのよね。だから、けっきょくわからないまま」。
と言いながら、ドア上のディスプレイを指している。
以前、ドアの上には路線図が貼られていた。わかるまで、ずっと見ていられた。ところがいまはそういう訳にはいかない。一定時間間隔で、画面は切り替わるし、乗っている路線のしかも一部しか表示されないからだ。

要支援学生との付き合い方

FDの一環で、菅野泰蔵さんの講演会が開かれた。
題は「学生との対応と接し方」。
印象に残っていることを一部メモしておこう。
・あいさつがコミュニケーションの基本。心をこめる込めないは別問題。
・ちょっとしたことで折れるプライドはプライドではない。
・相手のいいところは重箱の隅をつついても探そう。
・相手を変えることはできないが、関係を変えることはできる。
・学生への対応は教職員の善意に頼るのではなく、システムで対応する。たとえば退学希望者には必ず学生相談室に行かせるようにする。退学の大半は無念の退学だから。

☆おまけ 35年ぶりの再会がこんな形で実現するとは予想もしなかった。

2011/03/08

裁縫

母愛用の手提げ袋の取っ手が少しほころびていた。
確か、姉のお手製もの。
30分ほどかけて右と左両方の取っ手をかがった。
手作りは修理も簡単。
修理後のバッグ、ブログ用に写真を撮っておくべきだった。

2011/03/07

春の矢先の雪

東京は、朝からよもやの雪。

幸い予定の電車にも間に合い、長野へ。

ふだん行くのは火曜。意外と火曜定休のお店が多く、入りたくてもかなわかなかった。その一つのお店でお昼を取った(左上写真)。

宿に向かう途中では、500円の「春」を発見(左中写真)

夜は宿の夕食。野沢菜が付き、卓上に七味があるのが長野らしさを醸し出している。

食後、買い物も兼ね、寒風の中をひたすら散歩。

近所のレストラン「さくら」の夜景が美しい(左下写真)。

いつかゼミ合宿を長野でやりたい。そう思いながら宿に戻った。テーマは、店の顔。昼間と夜、両方の顔を見てほしい。東京では見られない顔だから。

今日の宿は高校まで住んでいた家の近く。その頃はここに旅館があることをまったく知らなかった。しかも友人の家の隣。家の近くでわざわざ旅館に泊まることなど考えもしなかったから、気づかなかったのだろう。こちらの関心で、こんなにも見え方が違うとは驚きだった。

2011/03/06

投薬管理

母から電話があり、薬が明日の昼で終わるという。本来ならば、明後日の夜まであるはずなのだが、どこかに行ったか、誰かのところに紛れ込んだか。薬の量が朝昼晩で違っていたり、種類が違っていたり、と複雑なので、職員の人に薬の準備をお願いしているのだが、うまくいっていないようだ。
以前、薬置き場を見せてもらった。スチールの引き出しに、いくつもポリ袋が入っていて、その一つ一つが一人分。薬自体は薬局で1回分ごとに小分けしてもらっているのだけれど。明日、明後日と母のところに行くので、いい方法を考えてみよう。
横浜時代にやった、医療事故防止の研究が役に立てばいいのだが。

2011/03/05

7年前

今日はWeblab研究会。報告者は小寺さん。テーマがmixiの利用行動分析だったからだろうか。参加者も20名と盛況だった。

7年前、mixi利用者調査を企画したことがあった。調査協力(調査実施のバナー掲載)を同社に申し入れたのだが、あいにく成立に至らなかった。結局(当時伯仲していた)GREEも含めたSNS利用者調査に転換、実施した。幸い、mixi内で調査のことを拡散してくれる人があらわれ、500人強から回答が得られた。足あと機能など、mixiに特化した質問もしたかったのだけれど、ね。

川浦康至・坂田正樹・松田光恵 (2005). ソーシャルネットワーキング・サービスの利用に関する調査:mixiユーザの意識と行動 コミュニケーション科学(東京経済大学コミュニケーション学会), 23, 91-110. [PDF]

帰り際、からすさんから、リボン付き「こどもびいる」をちょうだいした。明日はこれで晩酌w

★おまけ 最近の寒暖の激しさで増えているらしい。ぼくもその一人。主夫/主婦湿疹。指先がヒリヒリする。

2011/03/04

知恵袋カンニング事件による研究へのインパクト

知恵袋を利用した入試カンニングで思ったこと。
知恵袋行動の調査をあさりんさんとやったことがあり、その際、知恵袋でなされるQuestionを正解「あり」型と「なし」型(「質問(知識追求)」と「相談」と言い換えてもいい)とに分け、その枠組みで全体の研究計画を組んだ。しかし、たまたま僕がツイッターでしたリッカート尺度に関する質問、そして、今回の事件で行われた「質問」は、いわばどちらにも属さない。試験である以上、正解はあるのだが、それは百科事典(外在知)で得られるようなものではない。もちろん、相談という性格のもの(内在知)でもない。第三のタイプを想定しないといけないのではないか。正解はあるはずなのだが、人に聞かなければわからないタイプのQuestion。それを顕在化させたのがネット上のQAコミュニティである。今回の事件はそのことを示している。

Good news

ポーランドの研究者が編んだ本に4人で乗り、それができあがったというメールが昨夜到着。今年度に間に合ってよかった。ブログ研究もこれで一区切り。

Dear Yasuyuki,

I have got good news. The book Internet in Psychological Research has been already printed. Could you send me your address?  I would like to send you and your colleagues 4 copies.

best regards,
Aneta Przepiórka

アネタさん、教員かと思ったら、大学院生らしい。

2011/03/03

ひなまつり

耳の日でもあるらしいが、今日はひなまつり。東京は、男雛が左で、右が女雛。夕食はちらし寿司(西では、ばら寿司と言うらしい)。今年は都合で、本人が好きな構成で作ることになり、ただいま準備中。

先月23日に起きたNZ地震が今日で早くも10日め。NZ政府は「行方不明者の救助」を打ち切り、「遺体の収容」に切り替えたと発表。入試問題投稿の受験生が特定され、逮捕とか。これまで不正入試で逮捕された人がいるのだろうか。アップルのジョブズがiPad2を発表。もう2代目とは早すぎる。初代は世界中で1500万台を販売したらしい。…という状況のさなか、プールに行く。

いい日和で、暑かったので、つい茶碗に手が伸び、ゴクリと飲んでしまったら、それが「諾」とみなされ、縁談成立w。縁談の相手が出してくれたお茶だったのだ。これが船曳由美さんのご両親の結婚成立の経緯。詳しくは『一〇〇年前の女の子』。

今日の日記は話題がばらばらw

2011/03/02

卒業発表

卒業判定の結果が午後3時に掲示された。ネットでも見られるのかどうか、わからないが、ゼミ生も来ていた。たまたま会った、さおりさんとあいちゃんは「先生、卒業決まりました〜。ありがとうございました」。さらに、さおりさんは「就職も決まりました」、かたや内定が出ていたあいちゃんは「決まってたけど、やめちゃった」。どうするんだろう。

2011/03/01

少しすっきり

ネット上でのつながりを情報縁とか関心縁と称することがある。緩やかなつながりとか、weak tieと称する人もいる。しかし、そういう言い回しに何か足りないものを感じていた。それが、この本で少しすっきりした。

福嶋麻衣子・いしたにまさき『日本の若者は不幸じゃない』ソフトバンク新書

章ごとで執筆者が異なっている。

以下は、ボクにとっての核心。

固定的なコミュニケーションや過度な帰属意識を強要しない、ツイッターのようなオンライン上の個人の集合体はコミュニティではなく、クラスターだ(福嶋)。

著者のインタビューが公開されている。

フルネームで呼んでくれてありがとう

スティールの『 ステレオタイプの科学 』に、こんなエピソードが紹介されている。  ある伝説の英雄と同姓同名の人物に出会ったことで、研究上の疑問が解けたという話である。  シャーマン・ジェームズは、人種による健康格差の問題に取り組む公衆衛生研究者である。たとえば、アメリカの黒人は白...