2014/04/26

一生をすごす

国立ハンセン病資料館(1993年開館)
入口に、入館者30万人達成の看板がある。館の性格と看板との間のギャップに、ちょっとビックリ。今日は「不自由者棟の暮らし」の初日。隔離された一生の強制はすさまじい。しかも、内部に矯正施設があり、共感を拒む。
この一帯は、病院や病院関係の施設が多い。連動して緑も多い。

東京大仏(1987年建立)
入口近くに「大仏そば」がある。大仏「うどん」では用をなさないw
本堂前に池があり、錦鯉がいる。密度が高いのか、エサを求める魚たちの水しぶきの音が大きい。ここで一生をすごすのか、と。この周辺は起伏が激しい。アップダウン(すり鉢散歩)が楽しめる。

高島平団地(1972年から入居)。
高層団地の林立するさまは壮観だ。総戸数10,170。施設も揃っていて、その気になれば、この中だけで一生がすごせる。
敷地内に2棟の14階建てツインコリンダーがある。その内側が偉容(上の写真)。1階部分に配管があり、昼なお薄暗い。3階おきぐらいにネットが設置されていて、壁に、降りるな、の表示。ショッピングモールの床タイル(下の写真)が凝っている。いま見るとモダンだ。5年前より、活気のある感じがする。建物はすべからく文化。でなくとも、やはりほしい、竣工年次の表示とか建物の説明。とKさん。

2014/04/25

『世界思想』41号

もう1年。今年の『世界思想』が届いた。2014年春号

今号でハッとさせられたのは、田中克彦さんの「『表現』ということばのエネルギー」、細見和之さんの「高田渡とアドルノに導かれて」、山本淳子さんの「藤原兼家の『蜻蛉日記』―作品成立に働く力」。

Communicationの訳はいろいろあれど、基本は「表現と伝達」。「共有」を強調する人もいるが、それは、「表現と伝達」の結果。コミュニケーションの根幹をなす「表現」。十全にできているだろうか。表現の戦闘性を生きる。

2014/04/24

共感とは

怒濤の1週間。
こういう状態が「リア充」なのだろうかw。

さて、松田さんから本をちょうだいした。
うわさとは何か』中公新書

結論部分ではないが、本書の最後で共感が強調されている(「 」内が原文)。

「被害を受けた人びとはたまたま巻き込まれただけであり、被害を受けたのは自分だったかもしれないという想像力」。「気の毒な」ではなく、「わがこととして」「捉え」ることの重要性。

それは自分に起きたのかもしれない、その人は自分かもしれない。
けして単なる想像ではない。実際、自分に起きなかったのは、自分でなかったのは偶然にすぎないのだから。

2014/04/23

【動画で見る社会心理学】こんなに充実している

日本社会心理学会広報委員会の【動画で見る社会心理学】から。
@http://twitter.com/jssp_pr

YouTube ジェーン・エリオット「青い目、茶色い目」45:00
https://www.youtube.com/watch?v=vpastCF5b_s

YouTube:スタンレー・ミルグラム「服従実験」44:40
https://www.youtube.com/watch?v=mnBY0FCqJU0&feature=youtu.be

YouTube フィリップ・ジンバルド「監獄実験」13:40
https://www.youtube.com/watch?v=sZwfNs1pqG0

TED フィリップ・ジンバルド「普通の人がどうやって怪物や英雄に変貌するか」23:16
http://www.ted.com/talks/philip_zimbardo_on_the_psychology_of_evil?language=ja

TED エイミー・カディ「ボディランゲージが人を作る」21:00
http://www.ted.com/talks/amy_cuddy_your_body_language_shapes_who_you_are?language=ja

TED ミハイ・チクセントミハイ「フローについて」19:00
http://www.ted.com/talks/mihaly_csikszentmihalyi_on_flow?language=ja#t-608281

TED ジョナサン・ハイト「リベラル派と保守派の根源を語る」18:42
http://www.ted.com/talks/jonathan_haidt_on_the_moral_mind?language=ja

TED ポール・ピフ「お金が人を嫌なヤツにする?」16:35
http://www.ted.com/talks/paul_piff_does_money_make_you_mean?language=ja

TED ダニエル・カーネマン「経験と記憶の謎」20:06
http://www.ted.com/talks/daniel_kahneman_the_riddle_of_experience_vs_memory?language=ja

TED ダン・アリエリー「我々は本当に自分で決めているのか?」17:26
http://www.ted.com/talks/dan_ariely_asks_are_we_in_control_of_our_own_decisions?language=ja

リンクに感謝。

その後、もっと充実したリストが公開されました。
https://sites.google.com/site/jssppr/movies


2014/04/19

術後の日常

ある研究会。
K先生が眼帯姿だった。
ためらっているのが伝わったようで、緑内障の手術をしたと教えてくれた。
手術の内容をうかがったら、すごすぎて正視ならぬ正聴できなかった。麻酔も目の部分だけなので、医師の会話も聞こえるし……。
点眼薬のことをうかがったら、「よくぞ聞いてくれた」と、鞄から点眼リストを取り出して見せてくれた。点眼リストは時間割のようになっている。「行」が点眼時刻で、「列」が点眼薬名(色分け付き)。
薬は全部で7種類。うち4種類は3時間おきに数回。しかも薬によって回数が異なる。複雑だ。薬同士の間隔は5分と来てる。面倒だ。プログラムしたタイマーを持っている人もいるらしい。スマホがあればできるかも。
ボクは寝ないとうまく点眼できないが、K先生は「うまいで」と。
とにかく目に菌が入らないようにしないといけないので、お風呂に入れるようになったのも最近とのこと。顔は濡れタオルでぬぐったり。
もちろん目の酷使はよくない。しかし、「研究者たるもの目を使わないわけにはいかない。情報の8割は眼からだし」。
「ここはグッとこらえて、目を休ませてあげて下さいよ、K先生」。

京都駅。構内の照明を間引いてあって適度な明るさで、ヨーロッパにいるようだ。落ち着く。外国人旅行客にもしっくりくるのではないだろうか。

2014/04/18

珈琲の香り

茨木のり子の家』。

最初に出てくる詩は「わたしが一番きれいだったとき」。
片桐ユズルによって英訳もされている。When I was most beautiful
ピートシーガーも歌っている。

この本の中に「食卓に珈琲の匂い流れ」という詩がある。
「さながら難民のようだった新婚時代」のあと、生活が落ち着いておいしい珈琲が飲めるようになったときの喜びを歌った詩だ。
読んでから、一杯煎れた。
「研究室に珈琲の匂い流れ」

写真のページで懐かしいガラスを目にした。
このは」という型板ガラス。
今は作っていないらしい。残念。

2014/04/17

コーヒードリッパー

先日、行ったカフェでドリッパーを買った。
円錐形のタイプだ。
先日、コーヒー豆屋さんに寄ったら、「当店のフィルターは円錐形ドリッパーには対応していません」と張り紙があったから、円錐形ユーザーは結構多いのかもしれない。
ネットで検索すると、同じ円錐形でも、コーノ式よりもハリオの方がおいしいとか、いろいろ。どちらを使うにしても、フィルターはハリオの方が安いから、こちらにしよう、とか。さらには、紙フィルター式はコーヒーの油を紙が吸ってしまうからおいしくない、とか、ネル式だと……、とかコーヒーの道具をめぐって喧喧囂囂。

そのドリッパーでコーヒーを淹れようと思ったら、次の会議でコーヒーが出ることに気づいた。2杯連続はきつい。研究室デビューは延期。

2014/04/16

教授会

今年度初の教授会。学部編と全学編と連続。
学部教授会のあと、全員で写真を撮った。厳密には全員-2なのだが。まあ、誤差ということで。
しばらくは今年度初が続く。

2014/04/15

学部の授業

学部授業の初回。

卒制・卒論ゼミ。
各学生のテーマは、演劇を支える人、若年性ガン、バリアフリー、野球ファン、学生の悩み、容貌、……。学生たちに言ったのは、この一言。「その人は自分かもしれない」と考えてみよう。もう一言。「ちょっと疑おう。例えば、バリアフリーって、本当にいいの?」

2、3年生ゼミ。
今年のテーマは「モノ」。前半は『地球家族』をながめたり、『東北のテマヒマ』を回覧したり。後半は「モノ」に付く動詞を出してもらった。来週はそれを使ってKJ法をする。

2014/04/14

大学院の授業

大学院の授業が始まった。
前期は、社会心理学と個別研究指導(修士課程)。
前者のテキストは、山岸さんの『社会心理学キーワード』。
この本は評判がよかったのだろう。
その後、図解版が『徹底図解社会心理学』として出ている。
キーワードという発想は事典と読み物の中間。検索時代にも合っている。

2014/04/13

今朝の東京新聞から

荒野の古本屋』の森岡督行(よしゆき)さんのインタビューから
古美術商の主人が言っていた「商品はコミュニケーションの一つにすぎない」という言葉を大切にしている。「本を売って得る利益は数千円。それより話を得て次につながる方が有意義です」。
ビー・ウィルソン『キッチンの歴史』から
料理道具による食文化と食習慣の影響を読み解く。例えば、計量機器の登場は料理の再現可能な科学へと変えた半面、五感による加減能力を低下させた、という。「理想のキッチン」が気になる。
「ファミリー」の語源は「火を囲む最少の集団」(光藤俊夫・中山繁信『すまいの火と水』)(黒田さんのサイト)から

 関連書 藤原辰史『ナチスのキッチン:食べることの環境史』。

白井聡のインタビューから(国民の「」は引用者)
政治に深く絶望する気持ちも分かるが、多くは国家権力がどういうものか、深く考えたこともないのだろう。国家は常に「国民」を優しく包み込んでくれるものだ、という現実離れした感覚なのではないか。庶民がどう思おうが、国家には国家の意思があり、時に個人との決定的な対立が生じうることを分かっていない。例えば、福島や沖縄には、実際に国家の犠牲になっている人がいる。 
内田節の論考から
安心感のある社会とは、この社会のなかにいれば誰もが生きていけるという、信頼感のある社会のことなのである。そのためには、ともに生きようとする倫理観が必要なはずである。
……
およそ二百年前に活躍したドイツの将軍クラウゼヴィッツは、有名な「戦争論」のなかで、戦争は対外的な関係から発生するのではなく、国内的要因によって起こる、と述べている。国内のあり方が、戦争を必要なものにしてしまうということである。
……
私たちは、ともに生きる社会を再創造しなければならないのである。今日のような弱肉強食のような社会ではなく、誰もが平和な一生をとげられる安心感のある社会を創り上げなければならない。そのことが、世界との平和を希求する社会をも生み出すのである。

2014/04/11

灰色の人生

家から駅に向かう途中で前の職場にいたTさんとばったり。
非常勤先に向かう途中だ。近くに大学があるのだ。
会うのは10年ぶり。
Tさんは「どうしてわかったの?」とビックリしたようす。
マスクしていても、わかるものはわかる(笑)。
髪が黒々していて若々しい。数年しか違わないのに。
そう言うと、
T「染めてるんですよ」
ボク「えっ! 全然違和感ないね」
T「灰色だと自然な感じに仕上がるんです。K(ボク)さんもやってみたら」

今日、20年ぶりにガスコンロを替えた。天板の隅に大きなシールが貼られている。「警告」と「注意」。
クラスは下から2番目。一番下にしたかったのだが、脅されてw、1ランクあげた。
それでも、「今までのは機能が単純だったから、こんなに長く使えましたけど、今度のは機能が多いので、10年ぐらいで駄目になります」。
やるせない。

Varnum 2011:名前がなんだ

名前がなんだ:人気の名前はフロンティアではあまり見られない

What’s in a Name? Popular Names Are Less Common on Frontiers
Michael E.W. Varnum and Shinobu Kitayama
2011
Psychological Science vol. 22 no. 2 176-183

要旨
フロンティアでの自主的入植は、自立という価値を促すと言える。しかしながら、現在のところ、研究者は、この過程の行動的帰結についてほとんど知らない。本研究で、われわれは赤ちゃんの名付けで、その地域差を検証した。赤ちゃんの名付けは、一定の個人的かつ家族的意義を持つ行為であるため、主流となっている文化価値を反映している。フロンティアへの入植と自立との想定されるつながりの裏付けとして、われわれが見いだしたのは、米国東部地域にくらべ西部地域の方が人気の名前を持つ赤ちゃんが少ないことである(研究1)。同様のパターンはカナダでも確認され(研究2)、東部の州より西部の州の方が人気名の子が少ない。しかも、世界規模で見ても、人気名はヨーロッパ諸国よりもヨーロッパ人の入植先(つまり、オーストラリアや米国)の方で少ない(研究3)。以上の知見は、世代を超えた文化価値の継承と関係している。

Abstract
Voluntary settlement on a frontier may promote values of independence. At present, however, researchers know little about the behavioral consequences of this process. In this study, we examined regional variations in baby naming. Because baby naming is an act of considerable personal and familial significance, it reflects prevalent cultural values. In support of the hypothesized link between frontier settlement and independence, we found that babies receive popular names less frequently in western regions of the United States than in its eastern regions (Study 1). The same pattern holds in Canada (Study 2), with popular names being less frequent in western provinces than in eastern provinces. Moreover, popular names are less frequently given to babies in world regions in which Europeans have settled (e.g., Australia, the United States) than in European countries (Study 3). These findings have implications for cross-generational transmission of cultural values.

キーワード
frontier settlement independence individualism regional variation names

☆京大の荻原祐二さんが、集団主義社会の日本でも個人主義化が進んでいることを、子どもの名前の変遷から検討しているとか。公表が待ち遠しい。
★自立(individualism)は命名の多様性をもたらす。日本の命名事情の説明にも使えるかもしれない。ただし厳密にはindividualismと個人主義とは別物だろう。individualと日本語の「個人」のニュアンスは異なるから(もっとも、原語と訳語の含意のずれはこれに限った話ではない)。

2014/04/08

足立区の新旧

堀切の東京未来大学と、北千住の東京電機大学に行ってきた。

堀切駅は駅名の看板が変わっただけで、あの駅舎はそのまま。駅前のラーメン屋もそのまま残っている。まるで、ジオラマをそのまま実物大にしたような雰囲気だ。その意味では現実感がない。各駅しか停まらないのも、レトロ風雰囲気作りに貢献している。

かたや北千住駅。電気大ができて、駅出口も「東口(電大口)」に変わっていた。駅に隣接するようにキャンパスがあり、校舎の間にスカイツリーがのぞく。学園通りという名前の商店街(正確には学園通り旭町商店街)も電気大シフトかと思ったが、違った。足立学園という中学校高校が由来だった。ハイテクキャンパスと商店街の雰囲気とが対照的で、一瞬、どこにいるのかわからなくなる。北千住のような、でないような。
いろいろな人が出入りすることが前提で、教室部分への入口には電子ゲート(自動ゲート?)があり、IDカードがないと入れない。オフィスビルのようだ。首からIDカードを下げている人が多い。

帰り道、商店街のお豆腐屋さんでがんもどきを買った。創業80年とのこと。これぐらいであれば、Since 1935とうたってもいいのでは。モラスキーさんによれば、Sinceが使えるのは50年以上経っている場合とか。

2014/04/07

『父の生きる』

伊藤比呂美(58歳)の著作。自身のブログが元になっている。

2012年4月17日、父親を送る(84歳)。その2年前には母親を失っている。

母が亡くなったとき、これで、もうボクを守ってくれる人はいない、これからはボクが守る側になる、とうとう矢面に立たされた。そういう思いだった。親が死ぬまでは、なんとなく自分は大丈夫、と思っていたが、今度はいよいよボクらの番だ、と。同じような状況を、彼女はこう書く。
親をこうして送り果てて、つらつら考えるに、親の介護とは、親を送るということは、自分の成長の完了ではないかと。
そういうことだったのか、と得心。

★この本を読むのには体力がいる。

2014/04/06

おのぼりさん

天候が不安定と言われるなか、原宿散策。
駅前で眺めていると、4月とは思えない。寒さのせいで、黒い服装の人が多く、冬とあまり変わらないからだ。
原宿名物の行列のできているお店。いまは、カフェポップコンーン屋ハワイのパンケーキ屋
その昔、ハーゲンダッツが表参道に進出したとき、行列を演出したことが話題になったが、いまはどうなのだろう。

2014/04/05

週末

新宿に行ったあと、中華料理屋さんで食事をとった。看板にはないが、潮州料理系のお店。デザートに漢方風亀ゼリー入りとやらを頼んだ。
まず一口。
特別な臭みもなく、食べやすい。白い中に黒っぽいのが混じっていて、それが亀の……。ではなく、仙草とか。さて亀は?
忙しそうだったので、聞きそびれてしまった。

行き帰りの電車の友は『UP』4月号。恒例の「東大教師が新入生にすすめる本」のラインナップが今年はいくつも当たり。今年で28回目とか。一応「新入生に」とはなっている。

最近感じること。それは広告の多さだ。視覚的にも聴覚的にも増え過ぎ。広告で埋め尽くされている感じだ。都会の単なる喧噪とは違い、疲れる。
駅の構内は、ラッピング柱。そしてホームの向こう側には、つぎつぎ内容が変わる液晶ディスプレイ。構内放送も旅行商品の宣伝。
ラッピングバスにラッピング車両。広告カーも空しい。ネット上も。

2014/04/04

「道」子の由来

カバー袖に「赤児の名前は道路の完成を予祝して、道子と命名された。」(本文より)とあったら、読まないわけにはいかない。

石牟礼道子の自伝『霞(よし)の渚』。
出生から、『苦海浄土(くがいじょうど)』(1969年)が出るまでの40年あまりを扱っている(色川大吉さんの書評)。

命名者は母方の祖父の松太郎。
「道というものは、人それぞれのゆく手を定めるものぞ。心しておかねばならん。どういう未来が見えるか。足もとの用心をわれわれはつくっておかねばならん。人さまとの縁がつながってこそ、道というものは生まれる」。

松太郎は石工の棟梁として、道路工事や港湾工事を手広く扱っていた。「人は一代、名は末代」が彼の口癖。

気に入ったのだろう。彼女の長男の名前は「道生」(みちお)だ。

覚えのある場面が出てくる。
「ご飯粒を小さなうすい竹のへらをつくって、ひと粒ひと粒つぶして糊を作っていた」。
こうして内裏さまが作られた。

2014/04/03

料金「不足」

届いたレターパック。今回の消費税値上げで「料金が10円不足」という「お知らせ」ハガキのおまけが付いていた。

「……郵便物を迅速・簡便にお受け取りいただけるよう、ひとまず、お届けしましたので、ご了承願います。……つきましては、1、2いずれかの方法をご選択ください」とあり、裏面に、遅くとも10日以内に、次のどちらかを選ぶように書かれている。

1 郵便物をこのままお受け取りになる場合
 不足料金をお支払いいただきます→このハガキに不足分の切手を貼るか、郵便局で支払う

2 郵便物をお受け取りになりたくない場合
 不足料金はお支払いにならなくて結構です→ハガキに署名し、一緒に投函

「お知らせ」ハガキの通し番号は800番台後半。どのくらいの人が1を選び、どのくらいの人が2を選び、どのくらいの人が無視するのだろう。知りたい。

ボク? 昔の切手を4枚も貼って投函した。

1951年のお年玉切手 2円2枚
十和田国立公園の切手 2円1枚
東京五輪の聖火の切手 5円1枚。

全部で11円。1円は寄付。

2014/04/02

『暮しの手帖』式料理記事

津野海太郎の『花森安治伝』読了。
1.いつもの家庭料理をプロの料理人につくってもらい、その手順を組写真方式で記録する。
2.そばで観察していた担当編集者が、それを一枚のレシピにまとめる。
3.このレシピどおりに、おなじ料理を、現場にいなかった別の編集者がつくる。
4.みんなで食べくらべる。
5.おなじ味になっていたらOK、ちがっていたらレシピを書きなおす。
6.OKがでるまで、それを繰り返す。 
こうした手順で(『暮しの手帖』の)料理記事はつくられている。
レシピがこのように検証されているとは知らなかった。

文章の書き方(文字使い)も紹介されている。『花森安治の仕事』からの引用だ。「ぜんぶ、ひら仮名で書いてみて、そのままでわかる言葉を使え、最小限の漢字で書き、漢字は画のすくないものを使え。改行を多くしろ。やさしい言葉で怒れ」。
梅棹忠夫のルールは「漢字は音よみの場合にかぎり、訓よみの漢字はかな書きにする」。

津野氏のあとがきの最後。
人間はかならずまちがう。まちがって終わりというわけではない。まちがったあとをどう生きるか。そこにその人間の生地があらわれる。花森の時代も私の時代もそうだった。これからもきっとそうだろう。
今日は、お昼をはさんで辞令交付と新入生むけガイダンス。その冒頭であいさつをした。ようやく新入生に会えた。昨日の入学式では、どの学生がコミュニケーション学部生かわからなかったからだ。

夕方は「ハンナ・アーレント」。映画館に行く途中で、野良に出会った。まさかと思ったが、まちがいなくナルちゃんだった。1年以上行方がわからなかっただけに、びっくり。遊んでいた女性が「この近くに家があるんですよ」と教えてくれた。一安心。

2014/04/01

入学式

前日の名残りか、「感謝」で落涙(リンク先は坂崎幸之助版)。

誰が言ったのか、にわかに思い出せないのだが、「死ぬ」とは向こう側に「行く」ことではない。元の場所に戻るだけだ、と。
そう言われてみると、得心がいく。
ある日、向こうから命がやってくるのだから。
だから悲しむことではない、と。

その命について、井上ひさしは「きらめく星座」の中で広告文案家(コピーライター)、竹田慶介にこう言わせている。「人間広告」だ。時代は戦争直前の1940〜41年。
ぼくは、広告文案家です。いま、誰かから「人間」という商品の広告をたのまれたとします。さあ、ぼくはどんな広告文を書けばいいか。
おそらく「人間」を宣伝する文案は、こう書くしかないんじゃないでしょうか……。
この宇宙には4千億もの太陽が、星があると申します。それぞれの星が、平均10個の惑星を引き連れているとすると、惑星の数は約4兆。その4兆の惑星のなかに、この地球のように、ほどよい気温と、豊かな水に恵まれた惑星はいくつあるでしょう。たぶん、いくつもないでしょう。だからこの宇宙に地球のような水惑星があること自体が奇蹟なのです‥‥‥。 
水惑星だからといって、かならず生命が発生するとは限りません。しかし地球にあるとき小さな生命が誕生しました。これも奇蹟です。その小さな生命が、数かぎりない試練を経て人間にまで至ったのも、奇蹟の連続です。そして、その人間の中に、あなたがいるというのも奇蹟です。こうして何億何兆もの奇蹟が積み重なった結果、あなたも、わたしも、今、ここにこうしているのです。わたしたちがいる、今生きているというだけで、もうそれは奇蹟の中の奇蹟なのです。こうして話をしたり、誰かと恋だの喧嘩だのをすること、それもそのひとつひとつが奇蹟なのです。人間は奇蹟そのもの。人間の一挙手一投足も奇蹟そのもの。だから人間は生きなければなりません。
初演は1985年、紀伊國屋ホール。

つい先日までいた同僚が今日からいない現実。有山先生、安藤先生、内田先生、荻内先生、佐藤先生、山崎先生、吉井先生。すれ違うこともないのは寂しい。


Two more years.

匿名のままでは死ねない

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